劇場へようこそ、お客様。巨空鷲の羽をお見せ下さい。
……はい、たしかに。
本日の演奏会場は、かの盲き医者の名画『指揮者不在の演奏会』でございます。
ひとつ昔話を──俗ながら、時間的な言い方をいたしましょう。
そこは内部地球アルザル。地球の内側に存在する、常磐色に満ちた亞の世界。
石の歯車と水晶の信管。植物の導線にざらめの雲。そして、大いなる世界樹がもたらした、それらをそれらたらしめている神工動力言語……〝波〟によって成り立つ世界でした。
舞台は天上。中天体を包むようにして広がる球状の雲の上。都市の名はアトラス。
大洪水を生き延びた天上の民は、みな等しく狭い背に一対の翼を有しており、その姿を天使と説く女神の教えを規範とし、暮らしを営んでおりました。
さりとてどの世界にも少数派は存在するものでございます。
翼が欠けた者、翼を持たぬ者──種族の繁栄を鑑みれば、同性を愛する者も──彼らはみな天上の民とは認められず、慎ましやかに日陰を這うべきであると、人の輪の外に追いやられてしまいました。
これは、人の輪の穴となった人々のお話。雲を掴むようなお話でございます。
石の羽を持つ者。幽閉された者。愛と優しさ。鏡と鼠。ある者は蕾である者は棘。
錯綜する性と隣人愛。内省と自己矛盾と肯定と否定。
心が心で心を見る、ある〝完全犯罪〟の物語だったのでございます。
皆様、間もなく開演時間です。なりそこないに盛大な拍手を。
言葉の鏃を。創と痛みを。切なさと孤独とわがままのそれらすべて。
あなたの中にもあるそれらすべてを、愛し尊び、あなたがあなたを愛せますように。
アルザルより愛を込めて。